柳花苑(りゅうかえん)

日本には桓武天皇の御代に遣唐舞生の久礼真蔵が伝えたとされ、はじめは太食調だったものを、承和年間(834〜848年)に仁明天皇の命で双調に改作したといわれています。もともと舞もありましたが中古以来絶えてしまい、管弦のみで演奏されます。古書には女舞で4人の妓女が舞ったようです。中国では葬送のときに新しく作曲して奏することが慣例になっており、この曲もそのように作られましたが、悲しい曲ではないために死人が生き返り、以後祝いのときに奏する曲にしたと伝えられています。