賀殿(かてん)

仁明天皇の承和年間(834~847年)に、遣唐判官の藤原貞敏は廉承武より琵琶を習い、琵琶の譜によってこの曲が日本に伝わったと言われています。その琵琶の譜から和邇部太田麿(わにべのおおたまろ)が笛の譜を作り加えて、林真倉が舞を作ったとされています。舞はこの曲専用の甲をかぶり、右肩をぬいだ襲装束を着ます。壱越調の音取に続き、道行に壱越調の「迦陵頻急」を奏し、舞人は出手を舞って位置につきます。「破」と「急」を舞い、重吹きで退出します。

現在では新築祝いなどで演奏される場合がありますが、楽曲の由来とは直接関係はないようです。名称の「殿」という字から、関連して演奏されているようです。