散手(さんじゅ)

左方武舞の名作で、序と破からなる代表的な走り舞です。

神功皇后が新羅との戦いの際に、率川(いさかわ)明神が船の舳先に現れ、兵を指揮して敵を打ち破ったときの姿を舞にしたものと伝えられています。仁明天皇の御代(在位833~850年)に、舞を大戸真縄(おおとのまなわ)が、曲は大戸清上(おおとのきよかみ)が作ったといわれ、また釈迦誕生の時に、師子頬王が作ったともいわれています。

毛べりの裲襠装束に竜甲(たつかぶと)をかぶり、威厳のある面をつけ、太刀を腰に、手に付け鉾をもって舞います。左方襲装束を着た番子(ばんこ)という従者二人を従え、一人は舞台の下で舞の前に舞人に鉾を渡し、他の一人は舞が終わるとこれを受けとります。

この曲を奏すると地鎮まるともいわれ、別名「散手破陣楽(はじんらく)」といい、嵯峨天皇(在位809~823年)が好まれたと伝えれています。